2月 092020
 

(2009年08月29日11:53)

仕事として、かおを出すことはあっても
お客としていくことはないだろうと思っていた
夏休みフジテレビイベント「お台場合衆国」。
娘たちにせがまれ、まあ夏休みの思い出になればと
出かけてみた。
さすがに、番組と連動したやり方には、もう慣れているのか、
うま~く踊らされている感じ。
物価の高さも行列も、企画のゆるさも
なぜか、許してしまうイベントなんだよね。
P.S 娘たちは、途中迷子になったときの運営スタッフのテキパキ感には
感心した。

1月 302020
 

まさに、youtubeが生み出したもの。

高いレベルのカバー楽曲をUPし、評価を得ること。

もしかしたら、生業の一部となり、

ひとつのyoutuberとなり得る。CDが売りづらい現在では、得難い存在かもしれない。

1月 272020
 

(2009年05月05日17:07)

旅先で訃報をきく。

再発した時点で、最悪の覚悟はしていた。

ひとつのバンドにこんなに思い入れたことはない。

ひとりのボーカルのシャウトに、こんなに熱くなったことはない。

「雨上がりの夜空に」「トランジスタラジオ」「スローバラード」「エンジェル」 「よォーこそ」 「ブン・ブン・ブン」「キモちE」「ロックン・ロール・ショー」 「Johnny Blue」 「多摩蘭坂 」「あの娘のレター」「IN THE MIDNIGHT HOUR」 「Sweet Soul Music」「君が僕を知っている」「ラプソディー」 「君はそのうち死ぬだろう」「ドカドカうるさいR&Rバンド」「ヒッピーに捧ぐ」 「ぼくの好きな先生」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

メディアで報じられる清志郎を

「キング・オブ・ロック」「ロックの神様」「伝説のロック」 などと称されるのには、違和感がある。

忌野清志郎・・・享年58歳、ありがとうございました。合掌。

1月 272020
 

(2008年12月16日17:44)

はやくに母親を亡くし、男親ひとりで男の子を育てあげる話が、

得意のじんわりと染みわたるように家族劇で展開される。

その中で、主人公ヤスさんが大人になった息子に語るセリフが、

「親が子どもにしてやらんといけんことは、一つしかありゃせんのよ。」

「・・・なに?」

「子どもにさびしい思いをさせるな」 ・・・

深いな~。この言葉。

そういえば、うちの実家は魚屋だったから家に帰ったら必ず家族の誰かがいて、

家の中でひとりになることなんて高校卒業するまでなかったな~。

そういえば、家族っているだけでよくて、 でも、それがうっとおしい頃もあったけど、

やっぱりそばにいてやれることが大切で、

そばにいてもらうことは幸せなことかも、しれない・・・。

1月 042020
 

(2008年11月07日10:19)

今から12年前に、まだそのころ何もない有明の広大な空き地に
フットサルと3on3のコートを作り、
43日間連続トーナメントをするというハチャメチャ企画があった。
1億以上の協賛金をもらい、炎天下の中朝から夜まで事務局生活。
車通勤しながら、毎晩飲みあかし、車がセンターラインを越えて走ったことも
一度や二度じゃなかった。
現場には、あの頃20代~30代の夢みがちなイベント屋たちが集結し、
なんか熱く語ったのを思い出した。
実は上海の企画でその当時のメンバーと仕事をした。
先日、打ち上げを兼ねて飲みあかし、12年たって同窓会やりたいねと盛り上がった。
えらくなったやつもそうでないやつもみんなもがいてるんだろうな~。