8月 262014
 

もう中盤に差し掛かっても、平均視聴率20%を堅持しているドラマ「HERO」。

前回の「HERO」は、私の中で脚本、キャストともテレビ史上最高のデキと言えるほどの秀作だった。

それと比較するのは、可哀想なのだが、やはり明らかに見劣りしてしまう。

その大きな要因は、脚本にある。

前回は巨悪に立ち向かう久利生検事とそのどんでん返しのストーリーが秀逸だったのに、

今回は明らかに安易で、現実味のないストーリーになってしまっている。

キャストにしても、回が進むにつれ、松たか子、阿部寛が抜けた穴の大きさが際立ってしまう。

やはり、難しいな~読編・・・。

 Posted by at 11:39 AM
8月 252014
 

今年、姉妹とも受験生の我が家では、夏休みの旅行はまったく考えていなかったのだが、

末娘の「夏休み、どこ行かないの~?」という度重なる催促に負けて、

1泊2日のバスツアーでの「上高地」への小旅行を敢行。

誤算だったのは、お盆の帰省時期と重なってしまったため、行き帰りとかなりの渋滞。

そして、もうひとつの誤算は、2日間とも小雨の降る天候。

せっかくの高原の涼しい気候も、晴れ渡る空があってのこと。

本来なら、小一時間かけての「上高地」の散策も諦めて、雨宿りすることに・・・。

せっかくの家族4人での旅行だったが、ほとんどをバスで過ごすことになってしまったのは残念だった。

願わくば、もう一度チャレンジし、澄み渡る夏空のもと散策に繰り出したいものだ。

ただ、ひとつ感心したことは、2人の娘たちが、そんな旅となってしまっても、愚痴ひとつ言わなかったこと。

一番、愚痴っぽかったのは、間違いなく私だった・・・。

10593076_254988617958386_2050560226256523637_n

 Posted by at 9:38 AM
8月 132014
 

久しぶりに甲子園の高校野球をテレビで観た。

和歌山代表の「市和歌山高」を応援するためだ。

和歌山では、ずっと「智弁和歌山」の1強時代が長く続いていたため、公立校が勝ちぬいたのは特筆に値する。

その戦いぶりも、甲子園プロチームと違い、本当に高校生らしい堅実さに好感がもてる。

しばらく遠ざかっていたが、この歳になると、高校野球の持つ魅力が再燃してくる。

まだ、和歌山にいた頃、今は亡き父との数少ない共通話題の一つが甲子園だった。

17歳のとき、伝説の箕島・星陵戦の攻防を、テレビで父とずっと応援したのを思い出す。

結局、12回の裏、市和歌山高のセカンドがアウトカウントを間違え、敗退してしまったが、

素晴らしい感動的な一戦だった・・・。

10516758_254617744662140_8496164460645149029_n

 Posted by at 4:18 PM
8月 102014
 

昨夜は、大学のサークルの同窓会があり、卒業以来30年ぶりの再会でした~。

この音楽系サークルにいたのは、2年半くらいだったが、その封建的性格が嫌で飛び出し、

その後は、一橋大のサークルに入ったり、仲間内でサークル作ったりして過ごした。

30年たった今も、こうして集まっている団結力をみると、

当時封建的に思えたサークルの性格も、このサークルへの愛着の強さの表れだったかもしれない・・・。

もちろん、私も含めて皆さん見事に年をとり、いいオジちゃん、オバちゃんになっていた。

台風にもめげず、この日のために、地方から東京に集結したのは、

学芸大を卒業し、いまや教育界では管理職の肩書を一度外し、

学生時代に戻るひとときを、気持ちよく酔いしれる貴重な時間のためだった・・・。

 Posted by at 8:54 AM
8月 062014
 

昨日は、3回目の父の命日。亡くなってから、よく父のことを考える。

82年の人生を、父は果たして楽しんだのか・・・そして、幸せだったのか・・・。

世間一般の楽しみといえる、趣味といえるものはなにひとつ持たない人だった。

若い頃は、野球がうまかったし、たしかに小学校のソフトボール大会では活躍していたような記憶はあるが、

それでも、少年野球のコーチなどはしたこともないし、かといって、野球観戦に興じた訳でもない。

釣りや将棋、ギャンブル、旅行、ゴルフなどには、目もくれていない。休日は、ただぼんやりテレビを観ていた。

仕事は、休まず真面目だった。そういえば、風邪など病気で寝ていた記憶もないから、元気だったのだろう・・・。

金魚を飼っていて、まめに水を換えるのを手伝ったりもしたが、それが趣味という感じもしない。

唯一、父が楽しそうにしていたな~と思えるのは、

私の中学校のバスケット部の保護者仲間で、試合の応援に来ては、帰り大人だけで宴会をしていたときか。

他のチームから、奇異な目で見られるくらいの大応援だったし、合宿地の紀南の田辺まで付いてきたくらいだ。

今思えば、私の高校合格のほんの2年間くらいが、父の人生で頂点かと思うくらい、舞い上がって楽しんでいた・・・。

その後の30数年は、自分の中の小さな殻に閉じこもってしまった印象だった。

ゆっくり、親父の人生の話聞きたかったが、それは叶わぬ夢だ・・・。

 Posted by at 4:38 PM