2月 072011
 

不登校を考える親の会で、不登校を克服した子どもとの会話の中で、「不登校をしている期間中、親にどういう風に接してほしかったか?」という問いに対して「柔らかくそばにいてほしかった。」という答えが返ってきたということを聞いた。

遅れて一緒に登校する娘に、他愛もない替え歌を口づさんで登校したしたことを思い出した。最初は恥ずかしがっていた娘も、「今日の歌はなに?」と聞いてくるようになった。

不登校に接して、平静でいられる親など存在しない。最初の一か月はもがき苦しむ。自分の子どもに対する不信感や、子育てに対する反省が、ぐるぐる頭を巡る。自分の生き方まで否定されたように考える。

しかし、寄り添ううちに、子どもは変わる。少しずつ少しずつ、行き戻りしながらも一歩ずつ進んでゆく。そのためには、親が変わらなければいけない。子どもの成長に合わせるように一歩ずつ・・・。

それが、半年かかるのか、1年なのか、3年なのか、もっと先なのか・・・誰にも、不登校の本人でさえもわからない。そばにいてあげられるのは、やはり親しかいない。

「不登校」という生き方を選んだ子ども。 その子どもと一緒に向き合うことは、決して辛いことだけではなかった。

ようやく、今そう思える。

娘が4年生のとき、私の誕生日に一枚の手紙をもらった。

「おたんじょう日おめてとう!

3年生のころは、ふとうこうのわたしをささえてくれたね!

わたしは、そのおかげで学校にいけるようになったよ!

4年生になっても勉強をがんばるから、おしごとがんばってね!」

<おわり>

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2月 062011
 

3学期は、一日も休むことなく登校。2009年4月。

娘は、4年生に進級した。親友のAちゃんは、秋田に引っ越した。一緒に登校していた姉も、中学校に進学した。

始業式の日、一年前の悪夢が脳裏をよぎってはいたが、親の心配をよそに朝からひとりで登校した。そして、「ただいま!」と元気な声で帰宅、第一声は、「担任の先生、E先生だったよ。」

E先生も昨年同様男の先生だが、姉が5年のときにかかった先生で、娘が不登校で遅れて登校していたときもよく声をかけてくれていた。とても優しい先生にしてくれたのは、学校側の考慮なのかもしれないが、娘の上機嫌な様子をみて、まずはひと安心。

ちょうど一年前のこの日からはじまった不登校の日々が、ようやくこの日を乗り切ったことで払拭できた気がした。

256日をかけて一歩ずつ登校への階段を登り切った娘は、小4の一年間、そして、5年生になった今まで、一日も休むことなく、1時間も遅れることもなく元気に登校し続けている・・・。

<つづく>

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2月 042011
 

12月19日を境に、朝は姉と一緒に登校するようになった。まるで、不登校だったのが嘘のように、1・2年生のときと同じ登校風景だ。玄関まで送りに行くと、姉から「私がひとりで登校していたときは、玄関まで来なかったよね。」と言われ、思わず苦笑いした。

2学期の終業式。通知表には、1学期斜線が引かれていたところにも、すべてに評価が付いた。おまけに、「大変よい」評価が3つもあって、嬉しそうだ。

3学期になっても、毎日、姉と登校。 スクールカウンセラーの先生からも「もう大丈夫ですよ。Yちゃんの場合、少しずつ通常登校まできたので、もう以前の状況に戻ることはないと思いますよ。お父さん、お疲れ様でしたね。こうして回復した例ってありそうでないと思いますよ。」と言われ、涙が出そうになった。

2週間後、張り切りすぎたのか、夜になって発熱した。せっかく通常登校に慣れてきた頃だったのだが・・・仕方がない。

「明日は学校お休みだね。」と言ったところ「えっ~、絶対行く~。」と予想もしない返答に驚かされた。結局、「まあ、熱が下がったら行ってもいいよ。」という話になり、本当に気力で朝には熱は下がっていた。8カ月前は、ソファーにしがみついて離れなかったほど学校を嫌がっていたのに・・・。

<つづく>

 Posted by at 9:25 AM
2月 032011
 

2008年12月19日(金)。

もう2学期もあと1週間。このまま落ち着いた登校ができればいいと思っていた。

いつもの朝の突然のつぶやきだった。

「今日、行けるかもしれない。」本当に小さな声でボソッと。

「えっ!」

「今日、行けそうな気がするよ。」

「ほんとに?」

「うん。」

まだ姉が登校したばかりだから、用意をして登校できればまだ始業時間には充分間に合う。

もう決めていたんだろう・・・。まったく躊躇することなく、準備を終わらせ家を出た。

私だけがひとり、舞い上がっていた。

「この時間なら普通じゃん。きっとまだクラスで来ていない子もいるよ。やったね!」

「まだ来てない子もいるよ。」と誇らしげだった。

校門の手前、いつものように教室まで送ろうとすると、「もうここでいいよ。」と友達のところまで駆けていった。

この日が来るのをどれほど待ち望んでいたか。喜んでいいはずなのに、あまりにあっけなく、なんだか信じられない。

8ヵ月ずっと一緒に登校してきた。その日々を思い出していた。

始業式、翌日の突然の不登校から256日め・・・。

娘は、ひとり飛び立った。

<つづく>

 Posted by at 9:32 AM
2月 022011
 

もう2学期も終わろうとしていた12月。大きな行事であった「運動会」も「学習発表会」も何とか乗り切り、特に変わった様子もなかった。

一学期は全く参加できなかった体育の授業も、運動会練習をきっかけに、出席できるようになった。

とくにポートボールに夢中だった。自分のチームが勝ち続けているのがうれしくてしょうがないらしい。「今日も勝ったよ。5連勝だよ。」と楽しそうだ。おかげで放課後まで、娘のポートボール練習に付き合わされるはめに。そういえば、不登校になる前は、よくドッジボールとか縄跳びとか付き合わされたのを思い出した。

さて、二学期も終盤にさしかかり、三学期の始業式から、登校刺激(親が登校を促す行動のこと)を与えるべきかどうかを、スクールカウンセラーに相談した。カウンセラーの先生は「もうYちゃんに登校刺激は必要ないかもしれません。学校でも休憩時間は友達と楽しそうに遊んでいるし、授業中も以前ほどこわばった様子も見えないので、登校については、今まで通りYちゃんに決めさせてあげてください。」と言われた。

そういえば、宿題を嫌がることもなくなったし、テストでも80点くらいはとれるようになった。苦手の算数も結構自分で計算するようになり、間違いも少なくなっていた。

1時間目から登校するのはまだ難しいようだが、2時間目からはコンスタントに登校でできていた。本人も自信をつけたのか自分で登校時間にあわせて仕度をしていたから、私は一緒に登校するだけで事足りるようになった。一学期の始業式からのドタバタは、もうかなり昔のことのように感じていた。

<つづく>

 Posted by at 9:46 AM